やっぱり、私の居る「ここ」と、あの人達が居る「あそこ」には、境界線が必要だと思う。
あの人達が、個々人によって、どう存在しているかにもよるかと思いますがね。
私にとって、あの人達が聴かせてくれるものや、観せてくれるものは、特別で、私の意思が薄れるまで、ずっとずっと傍にあるものだと思う。
それだけの特別なもの、簡単に触れることは、私の精神に反しているんだ。
だから、本当は、何も話すことなどないし、伝えることなどない。
存在するのは、受け取ることと、それを昇華することだけだ。




根本的に考え方が違うと、話して居ても、先が見えなくて困る。
人が話したことに対して「絶対無い」とか簡単に言うことは何でだろう。
そういう人と話をしていると、適当に相槌を打つ自分が存在してくる。本当に嫌だなぁ。
言葉の存在を大切にしようと考えているのに、適当だなんて。
でも、それが今の私の現状なのです。



500日のサマー、やっぱり面白いんだね。
私の好きなミュージシャンも見ていました。しかも、音楽で感動したらしい。
観たいなーって思ってた映画なので、是非観たくなったな。
音楽どうこう、先入観なしで、どっぷり入りこみたいな。